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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1572号 判決

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  被控訴人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

1  本件土地(原判決別紙第一目録記載の土地)は、滝田音次郎の所有であつたところ、被控訴人は、昭和二〇年一二月三〇日これを買いうけ、その所有権を取得し、昭和二五年八月二八日所有権移転登記を経由した。被控訴人は、右売買契約当時満四才の未成年者であつたので、右契約は、被控訴人の法定代理人・親権者・父である三谷安正が(かりに、そうでないとしたら、安正から委任されて、安正の父である三谷誠が)、被控訴人に代理人として締結したものである。

2  控訴会社は、本件土地の上に、本件建物(原判決別紙第二目録記載の建物)を所有し、木材を搬入して製材工場を経営し、本件土地を占有している。

3  よつて、被控訴人は、控訴人に対し、本件建物を収去し木材を搬出して、本件土地の明渡を求める。

三  控訴人は、答弁として「三谷安正が滝田音次郎と本件土地の売買契約をしたことは否認する。本件土地は、被控訴人の祖父である三谷誠が、その名において、滝田音次郎から買いうけたものである。その余の請求原因事実は、すべて認める。」と述べ、抗弁として、次のとおり主張した。

1  高木木材株式会社は、昭和一六年一一月ごろ、本件土地を、所有者であつた滝田音次郎から賃借し、その地上に本件建物を所有していたが、昭和一九年五月一五日控訴会社が、本件建物を買いうけて、その所有権を取得し、即日移転登記をうけるとともに、土地所有者・滝田音次郎の承諾をえて、右借地権の譲渡をうけた。

2  右のとおり、被控訴人が本件土地を買いうけたと主張する昭和二〇年一二月三〇日当時、本件土地上には控訴会社所有の登記のある本件建物が存在した。したがつて、被控訴人が本件土地の所有権を取得したとしても、控訴会社は右借地権を対抗できるから、被控訴人の請求は理由がない。

3  被控訴人が本件土地の所有権を取得したと主張する昭和二〇年一二月三〇日当時、本件建物は、登記簿上三九二六番地上に存在するように記載されていたが、現実には、三九二六番をはみ出し、ほか数筆に跨がる本件土地上に存在していた。しかし、この程度の不一致は、更正登記によつて是正することが可能であるから、更正登記前においても建物保護法上の対抗力が、本件土地全部について存することの妨げとはならない。なお、右登記は、昭和四二年一月二五日受付の更正登記によつて、現実に合致するように訂正された。

4  かりに、右借地権譲受および滝田の承諾の事実が認められないとしても、前記のとおり、本件土地は、三谷誠が買いうけたものであるが、老令であつた誠は、当時不仲であつた養子の三谷安正が本件土地所有権を相続するようになるのを嫌い、自分死亡後は、孫である被控訴人に相続させるため、あらかじめ被控訴人名義に移転登記を経由したものであつた。したがつて、三谷誠は、その死亡するまで、本件土地の管理処分権を有していたところ、控訴会社は、昭和二六年五月四日、誠との間に本件土地の賃貸借契約を締結し、以来誠に賃料の支払をしてきたから、右賃借権をもつて被控訴人に対抗する。

四  被控訴人は、右抗弁に対する答弁として「高木木材株式会社が、もと本件土地上に建物を所有し、控訴会社がその建物の所有権を取得して移転登記をうけ、昭和二〇年一二月三〇日当時、右建物が右登記のまま存在していたことは認めるがその余の事実は争う。戦時中は木材業が統制され、茨城県において木材業を営むことができたのは、茨城県樫欅材統制組合だけであり、一の株式会社にすぎない控訴会社が、木材業を営むことは不可能であつたから、控訴会社が、昭和一九年以来本件土地・建物を使用して木材業を営んだ事実はない。」と述べ、なお、被控訴人が、本件土地を買いうけその所有者となつた昭和二〇年一二月三〇日(または、その所有権移転登記をうけた昭和二五年八月二八日)以後において、被控訴人は、控訴会社に対し本件土地の使用収益を許したことはないし、控訴会社が被控訴人に対して賃料の支払をしたこともない。すなわち、控訴会社は、本件土地を、被控訴人とは無関係に使用収益してきたものであつて、被控訴人に対する賃借権といえるものを行使した事実がなく一〇年を経過したものであるから、民法一六七条により、控訴会社の賃借権は、昭和三〇年一二月三〇日(または、昭和三五年八月二八日)時効により消滅した、と主張した。

証拠(省略)

理由

一  本件土地が、もと滝田音次郎の所有者であつたことは、本件当事者間に争がない。

二  原審証人田島重平の証言及びこれにより成立を認めうる乙第二号証、当審証人山本粂吉の証言、同証言により成立を認めうる乙第二六号証に成立に争のない甲第一四号証(乙第二〇号証と同一)乙第二一号証を総合すると、高木木材産業株式会社は、昭和一七、八年頃、滝田音次郎から本件土地を賃借し、その地上に本件建物(工場及び同経営に要する建物)を建築・所有し(昭和一八年一二月二一日保存登記)、木材業を始めたところ、間もなく、統制組合等でないと木材業が営めないように統制が強化されたので、一時茨城県樫欅材統制組合が本件工場を使用して操業をしていたが、やがて右組合員が株主となつて昭和一九年二月三日控訴会社が設立され、同年五月一五日高木木材産業株式会社から本件建物を買いうけ(即日移転登記)るとともに、所有者である滝田音次郎の承諾をえて、本件土地(全部が右建物の敷地となつていた)についての賃借権を譲りうけた事実を認めることができる。これに反する証拠はない。

三  そうとすれば、被控訴人主張のとおり、本件土地の所有権が昭和二〇年一二月三〇日に滝田音次郎から被控訴人に移転し、昭和二五年八月二八日その旨の移転登記がされたとしても(当裁判所は、証人山本粂吉の証言や乙第二六号証、第二七号証の一、二を総合して、本件土地は、昭和二一年一月一二日に当時控訴会社の取締役であつた三谷誠が滝田音次郎から買いうけて所有権を取得し、ついで昭和二五年八月二八日滝田音次郎から直接孫である被控訴人名義に所有権移転登記を経由することによつて、被控訴人に贈与したものと認定判断するのが真相に合致するものと思料するが、それはともかく)、建物保護法一条により、控訴人は、右譲りうけた賃借権を、新所有者である被控訴人に対抗できるものというべきである。

四  もつとも、従来、本件建物(昭和三八年火災による損害を受けたがそれ以前の建物も敷地占有の関係は変わりがない)は、登記簿上三九二六番一筆上に存在するように記載されていたところ、現実には、同番をはみ出し、ほか数筆に跨がる本件土地上に存在していたものであつて、本件建物の所在地番について、登記簿上の記載が現状に正確に合致していなかつたことは、控訴人の自認するところであるが、成立に争のない乙第三〇号証の一、二によれば、昭和四二年一月二五日に現状に合致するように更正登記がされたことを認めることができるから、前記不一致は、建物保護法の立法趣旨に照らし、本件建物の敷地である本件土地全部について、賃借権の対抗力を主張するの妨げにならないものというべきである。

五  被控訴人は、控訴会社の右賃借権は時効により消滅したと主張するが、前認定のとおり、控訴会社は、本件建物の所有権を取得した昭和一九年五月一五日以来今日まで、本件建物を存置することにより、その敷地である本件土地を使用収益し、よつてその賃借権を行使してきたことが明らかであるから、右主張は理由がない。

六  よつて、被控訴人の本訴請求を認容した原判決は不当であるから、これを取り消し、右請求を棄却することとし、なお民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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